挑発

 す、す、すす・・・
 まるで後ろにもう一つ目がついているのではないかという程、長次の頭は上手に文次郎の指先から逃れる。
 今度こそは、と思い長次の裏をかいたつもりで違う方向に手を伸ばしてみるのだが、結果は同じで文次郎は髪に触れさせてももらえなかった。
 気配だろうか?それとも殺気?
 長次はあぐらをかいて読書を続けながら、背後から、こちらは正座でぴしりと背筋を正した文次郎が、髪を触ろうとする手からひたすら逃げていた。
 実は本など読んでいないのでは、と思うのだが、文字を追うために小さく上下する頭と、不規則にぺらりぺらりと捲られる紙の音からやはり彼が読書をしているのだと分かる。
 文次郎は手を止めて、改めて目の前の黒髪を見た。
 長次の長い黒髪は、仙蔵には劣るものの美しいと思う。
 さらさら伸びるそれは、猫毛である。本人から髪に対する言葉を聞いたことはないのだが、どうやら長次自身は己の髪を好いていないらしい。
 文次郎は長次の髪を玩ぶのが好きなのだ。
 硬い自分の髪質とは違う手触りと、なんと言っても髪を触ったときに長次がする、ちょっと迷惑そうな顔が見たくてちょっかいを繰り返す。
 たまにこういう風に二人きりになる時間があると、決まって読書をしている長次の髪にちょっかいをかける。
「なあ」
 長次はちらりと背後の文次郎に視線をくれた。
「髪くらい、いいじゃねえか」
「・・・どこが楽しい・・・」
 無口な男はそれだけ言うとまた本に戻ってしまった。
「猫を撫でてると気持ちいいだろう?それと同じだ」
「・・・・」
 ふう、と長次の溜め息が聞こえた。
「俺は、猫じゃない」
 だから止せ、とでも言いたいのだろう。この男は要点しか喋らない。
「そんなこたぁ分かってるよ」
 長次の言いたいことは充分に文次郎にも分かったが、文次郎は知らないふりでにたりと笑った。どうせ表情は長次には分かるまい。
 再度文次郎が髪に伸ばそうとした手を、素早く長次が掴んだ。
 今まで読んでいた本は、丁寧さを失わない動作で己の横に伏せて。完全に文次郎を振り返ってしまうと一言。
「迷惑だ」
 片方の眉を少しだけ歪めて。
 文次郎は長次の視線を受け止めたまま、口の端を悪戯に上げる。
「なぜ?」
「・・・・」
 長次は考えあぐねた後で文次郎の手首を握る力を少しだけ強める。
「お前に触れられると、心が躍る」
 黒髪を揺らして、長次は文次郎に口付けた。



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続きは裏にて。
ちなみに背景画像はハナミズキです。













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